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| 天にも地にもかけがえ無い |
ぱんっ。 乾いた音が麗らかな陽射しの中で響き渡った。 その直後に、 「ふえっ…。わぁああぁああああぁああああああぁああああああん!!!!!」 と威勢良く火がついたかのような赤子の泣き声が聞こえてくる。 普段だったら必死に宥めようと思わせる声なのに、今回は腹の底が煮え繰り返る。 黙っていれば泣き止むだろうと思ってそのままにしていると、それは逆効果だった。 「ああ…もうっ。いい加減にしてよ!!」 一向に泣き止まない赤子に対して、 その目の前にいる少年は苛立ちながら思い切り怒鳴りつけた。 少年の名は孫悟飯。 約一年半前に突然現れたセルという脅威から世界を救った英雄なのだが、 本人にとってそのような事はどうでもよかった。 はっきり言って、そのような肩書きを持っていたとしても迷惑なだけだった。 だから他の人間に手柄を横取りされたとしても、それは彼にとってかえって好都合だった。 そして、赤子の名は孫悟天。 まだ生まれて一年くらいしか経っていない、悟飯の十歳年下の弟である。 セルとの闘いの時に無理矢理引き出された自分の力に踊らされ、 父・孫悟空が命を落とす原因を自分が作ってしまってからというもの、 悟飯はすっかり塞ぎ込むようになってしまっていた。 そんな時に知った、これから生まれてくる自分の弟妹の存在は、 彼にとって非常に大きなものだった。 少年が大好きだった、憧れていた父の残した忘れ形見。 その子は父親を知る事無く育つ事になる。 だから、せめて父親の代わりとまではいかないにしろ、 自分がその子の支えとなるよう努力しなければならないという思いが、 悟飯を父親を失ったショックから立ち直らせた。 皮肉な事に、生まれてきた赤子は亡くなった父と瓜二つだった。 まるで彼の生まれ変わりのように…。 むろん、家族だけでなく、少年の知り合いの誰もが驚いた。 けれど、生まれてきた赤子は、悟飯にとっては弟以外の何者でもなかった。 生まれ変わりだなどと、思いたくなかったのだ。 父は父。この子はこの子。 悟飯は今まで一人っ子だったという事もあって、弟である悟天を非常に可愛がった。 この幼子といるだけで、自分の心が洗われるような気がした。 屈託の無い笑顔を見るだけで心が安らいだ。 弾むような笑い声を聞くだけで心が和んだ。 父の死以来、肉親にさえ笑顔を見せなかった少年は、 次第に本来の明るさを取り戻していった。 だが、自分が心の何処かで無理している事に、悟飯は気付かなかった。 それが、今回限界に達してしまい、気がついた時には弟の頬を叩いていた。 「泣くなってば!!」 そう言って黙らそうとしても、この年の子供相手ではかえって逆効果である。 それ加え、いくら手加減したとは言っても、 この少年が持っているような力で叩かれたらたまったものではない。 その証拠に悟天の片方の頬はピンク色を通り越して真っ赤に腫れ上がっている。 何に対して自分がこんなに怒ってしまったのかは、 とうに忘れてしまうほど些細な事であった。 ただ、今は目の前にいる赤子の泣き声を聞いているだけで妙に苛付いた。 ―――今まではこんな事無かったのに…。 ―――悟天が泣いたら必死に宥めようとしたのに…。 ―――なのに、どうして今はそういう気になれないの? 悟天の泣き声を聞きつけた母・チチが、 エプロンをつけたまま急いで家から飛び出して来た。 そして、余計に大声で泣き出し始める悟天を慌てて抱き上げる。 「ああ、よしよし。一体どうしただ、悟飯ちゃん!?なして悟天ちゃんがこんなに泣いてるのけ!?」 「知りません」 母に抱えられている悟天を一瞬冷ややかな目で見て、 悟飯はそっぽを向きながら返事を返す。 長男の様子がいつもと違う事に、チチが気付かない筈が無い。 だが、今は一向に泣き止まない次男を宥めるのに必死だった。 そして、次男坊の顔を見た時に、 悟天の左頬が真っ赤に腫れ上がっている事に気付いた。 「ご、ご、悟飯ちゃん!!おめえさ、悟天ちゃんを叩いたのけ!?」 「…だって!あまりにも言う事を聞かなかった、から…」 最初は威勢良く話し出したが、後になるにつれて言い難そうに、 悟飯は俯きながら小声で答えた。 悟飯の言葉を聞いて、チチは目を丸くさせた。 そのような理由で、 この息子が弟に手を上げるとはとてもでは無いが思えなかったからだ。 「そったら事言ったって…。悟天ちゃんはまだ一歳なんだべ? 悟飯ちゃんだってそん年の頃は、 おっ母の言う事もおっ父の言う事も聞かないでわんわん泣いてただぞ?」 一歳の頃の話を出されても何も言えない。 自分にはその頃の記憶は流石に無いのだから。 けれど、物心が付き始めた頃の自分が泣き虫だったのはよく覚えている。 確かにあの頃の自分は今では信じられないほどよく泣いて、 両親がどんなに必死に宥めようとしても、 それに甘えるかのように余計泣き喚いたものだ。 自分の事を棚に置いておいて、悟天にそれを要求していた自分が急に恥ずかしくなった。 それと同時に、どうしてこんな事をしてしまったのかを思い出そうとする。 先程から思い出そうとしても思い当たるフシが無いのだ。 それだけ些細な事だったのだ。 ―――悟天が何をした? ―――ただ、ちょっと駄々をこねただけじゃなかったっけ? ―――それだけの事で、どうしてこんなに腹が立つの? 「自分でも、よく…分からないんです。どうしてこんな事したんだろう…」 先程よりも声は小さくなったものの、母の腕の中にいる悟天は未だに泣き止まない。 その表情と、不自然な仕種に気付いたチチが、悟天を怪訝そうに見る。 「あんれまっ!!」 急に大きな声を出してチチがその場にしゃがみ込んで悟天を下ろす。 母の出した声に驚いた悟飯が問い掛ける。 「ど、どうかしたんですか、おかあさん?」 悟飯の言った事を聞いていたのか聞いていなかったのかは定かで無いが、 悟天に口を開けさせていたチチが目を大きく見開いた。 「悟天ちゃん、口の中切ってるでねえか! そっか、痛いのを教えようとしてたんだな…。よしよし」 エプロンのポケットに入れていたハンカチを取り出して、 悟天の口に当てる母の言葉を聞いて、 悟飯は「え?」と言って悟天の前に回り込みながら屈む。 悟天の口の内側に少し入れたハンカチの先がジクジクとゆっくりと赤く染まるのを見て、 頭に上っていた血が一気に引いた。 この頃には、悟天も泣き止んでしゃくり上げているだけだった。 「手当てすると言っても口の中は自然と血が止まるまで待つしかねえべ…」 途方に暮れる母の言葉を聞くなり、悟飯は悟天を思い切り抱き締めた。 悟天は、先程大好きな兄に叩かれた事がショックで、 彼に対して少なからず恐怖を感じてしまうようになっていた。 それ故に、抱き疲れたと同時にビクッと体を震わせて硬直してしまった。 それを肌で感じ取った悟飯は、何て馬鹿な事をしたのだろうかと自己嫌悪に陥っていた。 「悟天…。ごめんよ…。ごめんね…」 弟を泣かしてしまった自分が、今度は涙を流す番だった。 「悟飯ちゃんがイライラしていたのは、育児ノイローゼだべな」 やっと落ち着いた二人を家の中に入るように促したチチは、 戸棚からコップを出しながら悟飯が苛立っていた理由を教える。 「育児ノイローゼ?」 弟を自分の膝に座らせながら、悟飯は不思議そうに母に問い返す。 先程まで兄に怯えていた悟天も、すっかり元の調子に戻って、 自分の前で組まれている悟飯の手…と言うよりも指を弄っている。 悟飯も、今はあのイライラとした気分は消え失せていた。 冷えた麦茶を入れながらチチは深々と頷く。 「んだ。慣れない育児に精神的に疲れてしまうとな、些細な事でイライラするもんなんだ。 おっ母も悟飯ちゃんの時になってな、よく悟空さに当たっちまっただよ。 すると、おっ母の代わりに悟空さが悟飯ちゃんの面倒見てくれてな…」 何処か懐かしそうにチチは話す。 そして、微笑を浮かべながら麦茶とミルクを入れたコップを一つずつ悟飯の前に置く。 「悟飯ちゃんの場合、悟天ちゃんに対してもおっ母に対しても、 いいお兄ちゃんに、いい子になろうと頑張りすぎたんだべ。 そんで、自分が無理してる事が分かんなかったんだ。 だから、今回ので溜まってたもんが一気に出ちまったんだ。 悟飯ちゃん。おめえさ……悟空さの事…まだ引き摺っているんだべな…」 急に父親の事を出されて、悟飯の心臓が飛び上がった。 「そんな、事…」 と言いながらも心の中では相当気にしている。 未だに父・孫悟空の死は自分の所為だと思っているのだから…。 「自分ではもう大丈夫って本気で思っててもなかなか上手くいかねえし、 いつまでも忘れられねえもんだ。 それはな、悟飯ちゃん。決して悪い事でねえし、恥じる事でもねえ」 「でも…」 なおも食い下がろうとする長男を、チチはすぐに制した。 「悟空さ、満足そうだったんだろ?」 「………はい…」 確かに満足そうだった。 自分の成長の事を喜んでくれていた。 自分の事を決して責めたりしなかった。 「なら、それでいいべ?」 母の言葉に素直に頷けたらどんなにいいだろう。 そうすれば、例え気休めだとしても、自己満足だとしても、 どんなに気持ちが軽くなるだろう。 それなのに、頷く事が出来ない。 おそらく、自分は一生自分自身を許しはしないだろう。 特に、今自分の腕の中にいる存在を確認する度にそう思う筈だ。 「にいちゃ…」 気付けば、自分の膝の上で大人しく座っていた悟天が見上げている。 「なんだい、悟天?」 母との会話を打ち切って、悟飯は弟に優しく問い掛ける。 まだ言葉を覚えていない悟天は、謝る代わりに紅葉のような手を一生懸命伸ばして、 兄の顔にそっと触れる。 何でも無いような仕種。 それでも、悟飯にとっては謝罪の言葉を貰うのよりも嬉しい事だった。 弟が、自分に向かって必死に「ごめんなさい」と言っているのが分かる。 思わず自分の顔が綻ぶのが分かる。 「ううん。兄ちゃんの方こそ、打ってごめんね…。痛かったよね…」 少し引いたとはいえ、まだ赤い弟の頬を悟飯は指先でそっと触れる。 唇を少しだけ尖らせてぷるぷると首を横に振る弟の仕種が可愛くて、 先程腹を立てていた自分は一体何なんだろう、と思う。 「さっ、お昼寝の時間だよ。今日は兄ちゃんと一緒に寝よっか?」 悟天の小さな体を持ち上げて、 弟の鼻に自分の鼻をくっつけるようにして悟飯は問い掛ける。 すっかり機嫌が直っている悟天はぱあっと顔を輝かせた。 「にいちゃ♪」 嬉しそうに自分に向かって腕を伸ばす悟天を見て微笑むと、悟飯は母の方を向く。 「それじゃ、悟天と一緒に昼寝してきます」 「あんれま。悟飯ちゃんもまだまだ子供だべな」 「そうですね」 悪戯っぽく言う母に合わせて、悟飯はおどけながら答える。 居間を出て自分達の部屋に向かう悟飯は、 窓から差し込む暖かな春の陽射しに思わず目を細めた。 「今日はいい天気だね、悟天。ほら、おとうさんが近くにいるみたいだ…」 眠そうに目を擦っていた悟天は、目をぱちぱちさせながら「…おとうた?」と問い返す。 悟飯は淡く微笑みながら「そうだよ…」と答え、 とうとう自分の中で船を漕ぎ始めた悟天の仄かに赤い頬に、 先程とまた同じようにそっと触れて弟の存在を確かめる。 また些細な事で怒るかもしれない。 つまらない理由で手を上げてしまうかもしれない。 それでも、この腕の中にいる確かな存在がいる限り…。 ボクはボクでいれる…。 |
| 神無月さんのコメント: 思いついたものを書き殴ったって感じなので、全然構成がなっていません。 何が言いたいのかが全く分かりませんね。 リクエストして頂いたシチュエーションが、 『悟天に対して苛立つ悟飯。言う事聞いてくれない悟天を打ってしまった…』 という事でしたので、そうしてみたんですが……見事に玉砕してしまいました(泣)。 悟飯が悟天(特に赤ちゃんの時)を打つ…というのがあまり思い付かないもので…。 題名の『天にも地にもかけがえ無い』とは、 『何物にも代えるべきものが無い。最も大切なものにいう』時に使います。 つまり悟飯が悟天の事をどれだけ大切に思っているのかを表したかったという…。 それでも打ってしまったんですけどね。 |